ヘルシンキ建築日誌 2月19日(土) (→HOME)
□朝食:ホテル
⇒バス166番:Kamppi 10:14→10:54
★ヴィトレスク (ヴィットレスク博物館)(1904、サーリネン、リンドグレン、ゲセリウス)
Hvittra:skintie 166, FI-02440 Luoma, Finland
火‾日11〜17:00、月休、4ユーロ、月〜金には11:30〜15:00レストラン開く
バス166番Hvittra:skから徒歩3分とのこと。
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(解説)当時フィンランド国内では売れっ子だったナショナル・ロマンティシズムの3人の設計者、エリエル・サーリネン、リンドグレン、ゲセリウスが、仕事に専念するためにアトリエ兼住居として建てたナショナル・ロマンティシズムの様式の家。設計者の家族ごとに3棟に別れていて、思い思いに設計されている。しかしリンドグレンは教職のため05年にここを去り、ゲセリウスは06年に亡くなってしまう。結局建物はサーリネンのものになったが、彼自身も04年の中央駅コンペで案が批判されて、もうナショナル・ロマンティシズムの時代は過ぎようとしていたのであった。
手作り家具で満たされた暖かい空間が自由に連続して変化に富む。フィンランド人の理想である森の中の生活を具現化している。湖も近くにある。しかし、ガレン・カッレラの森の家カレラと違い、この家は近くに鉄道が通ることを見越して計画された。都市とのつながりを持とうとしている郊外立地住宅の先べんでもある。現在は、サーリネンの建てた部分が博物館として一般公開され、ゲセリウスの棟はレストラン・カフェである。
(コメント)まず前提として言っておきたいが、ナショナル・ロマンティシズム様式という言い方をする本もあるけれど、こんな様式は「存在しない」。民族アイデンティティにつながりそうな民家の意匠や芸術的意匠(とそれからイメージされるもの)を、当時の建築家が拾い集めて総合・勘案して、新しい民族アイデンティティの表現を模索したという事実があるだけだ。だから、どうしても「様式」と呼ぶならば、それは意匠の共通性にもとづくのではなくて、「意図」の共通性に基づく言葉といわなければなるまい。同じ「ナショナル・ロマンティシズム様式」と呼ばれる国立劇場、ヴィトレスク、国立博物館は全て違って見える。まあ一般には、とんがり屋根の塔を持った国立博物館とか中央駅の当初のコンペ優勝案こそが「ナショ‥様式」だといわれるのかもしれないけれども。
その意味では、ヴィトレスクとは一言で言えば民芸的なもの+そこからイメージされる意匠を、サーリネン個人の勘案にもどついて集大成した濃厚・コテコテの館である。民家風の大きな小屋造りである。そこにある工芸的なものを講釈しようとすると大変である。家具・調度はサーリネン設計で、どこそこで制作された。12個もの暖炉があって、それらは誰々が設計し、その彩色タイルはどこそこで焼かれた。鉄器は村の鍛冶屋某により作られ、銅器は誰々制作。ファブリックはサーリネン夫人のデザイン。ガレン・カッレラがデザインした敷物がある(これは見落とした!)。1階の階段室付近には、ライトやオーストリアのユーゲントシュティールを思わせる調度・ディテールも散見される。などなど。
以上、博物館2Fの展示。
まず2階から見てみよう。ここは一言でいうと客人・家人の為のサロンである。大広間には大きな暖炉、テーブル、チェス盤などのある一角、ピアノの一角があり、隣の部屋にはくつろぎのソファーのコーナーとダイニングテーブル。大広間にはあらわしの丸太が使われ、隣の部屋の天井には民族工芸的な模様が描かれる。
以上、博物館3Fの展示。
3階以上はプライベートな部分で、色々な部屋に別れて1つ1つの部屋に個性が与えられている。ここは大きな木造小屋組みの屋根部分であり、外から見ると窓は多くない。しかしどの部屋を見ても充分な窓がついている。そういった配置の問題からか、各部屋をつなぐ廊下には段差が多く、これが一種の空間体験ともなっている。2階とは違ったタイルの色の使い方などが綺麗である。
以上、博物館1Fの展示。
1階は、現在の管理に使われている部分があるので、全体がどうなっているかよく分からない。とにかく大きな部屋が奥にあって、これがビリヤード室(+後のライブラリ)である。現在はここに色々な展示がしてある。
さて、1階の展示によれば、3人の建築家はある寝室を設計するに当たって、伝統的な寝台、テーブルなどのコーナーと部屋の配置を色々と検討していた。これを見ると彼らが空間をどうやって作ろうとしていたか、その一端が分かったような気がした。伝統的意匠がいかに調和的にその人(生活者)の生活空間として質の高いものになるかを検討していて、工芸的なモノの肌合いが決定的に重要である。これは、抽象的なモダニズムの空間とも、純化された古典様式の空間とも違う。この事は、サーリネン達が国立博物館、ヘルシンキ中央駅を設計する時に何を考えたか推測する上でも重要なことではないかと思った。私はというと、例えばヴィトレスクの二階の配置が、どういう配置原理なのかピンとこない気がした。木造小屋は小屋の都合で配置を決める部分が多いのかもしれないが、それにしても配置の原則が抽象的に空間を考える場合と違うと思う。肌合いの連続性とでも言うべきもので空間を考えているのではないかと思えた。
最後に、この「コテコテ」の工芸意匠的施設を個人的にどう評価したか述べる。ヴィトレスクは、土着的なものとそこから発展した工芸的アイデアを、サーリネンの意匠感覚を通して集大成したものといえる。このようなデザインのあり方は、その後の世の中の大勢にはならなかった。しかし、そこに参照された題材(工芸的デザイン要素)は豊かさであり、題材要素が更に例えばユーゲントシュティール的に融合することで、どんどん新しい要素に変化して行く。そういう面白さが感じられた。
但し、なぜ「その後の大勢にならなかった」のかは一考を要するし、かなり重要なテーマを巻き込む問題である。これについてかなり長い文章を書いたのだが、このコメント集のテーマからあまりにも外れるので、ここには含めなかった。そのうちどこかで発表できたらと思っている。
更に更におまけ。エリエル・サーリネンはその後渡米し、1925年からはクランブルック・アカデミー(Cranbrook Academy)の設計を行って、再び工芸的感触を生かした。彼は家具の1つ1つまで手がけて統合的な生活のイメージを打ち立てた。この学校はイームズなど優れたデザイナーを輩出している。
□昼食:ヴィトレスクのレストラン
⇒バス166番:14:14→15:00 Kamppi着⇒地下鉄で1駅乗る
(中央駅周辺)
★ヘルシンキ中央駅
(解説、コメントは 2月17日ヘルシンキ中央駅 を参照)
★●アテネウム美術館 (1887、T・ホイヤー)月休
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(解説)ナショナル・ロマンティシズム運動が盛んなさなか、それまで各所に分散していた美術品を一同に集めて建てた美術館である。重厚な外観。ガレン・カッレラの「カレワラ」を題材にした一連の絵画など、風土やフィンランド民族らしさに繋がる作品が多数ある。またムンク、ゴッホ、セザンヌなどもある。
(コメント)この博物館と、ナショナル・ロマンティシズム建築である
国立博物館
を見比べると、当時のナショナル・ロマンティシズム運動の置かれていた位置が少し分かってくる。フィンランド民族の独自性を求め、カレワラを称揚する一方で、どこまでもヨーロッパに自分たちの出自を求めている。この2面性こそが、ナショナル・ロマンティシズム運動の特質だったのだ。この事は国立博物館の項で詳しく触れるけれども、この美術館の外見を1つ見ただけでも言える事はある。女神や胸像やペディメントの装飾など、如何にも「各地の美術を集めた総合的な場所です」という感じの、博覧会でも開けそうな賑やかな意匠構成に見える。しかし当時の美的基準に従って、「当然ながら」何らかのヨーロッパ建築様式に準じているのだ。私は詳しくないけど、この窓は以前見たジョージアン様式と同じ気がする。
ヨーロッパとしてひとくくりにされることを拒む運動でありながら、出自としてヨーロッパが絶対に外せない。この本質的に二律背反であるものを、当時(20世紀以前のこの運動)は矛盾と思わずに「統合」的に見ようとしていたのだと思う。しかしその後、エリエル・サーリネンらの3人組が現れて建築が変わった。ナショナル・ロマンティシズム運動自体の意識の変遷があったに違いない。しかし、どこまで独自性を求め、どこまで出自をヨーロッパ(の中央)から切り離すか、というのは極めて微妙な問題であり続けたに違いない。フィンランド語を分析するとマジャール民族と同様にアジア系になる。フィンランド人がヨーロッパ人かどうかは学問的に何度も論争となり、「ヨーロッパ人だと証明された」と聞く。この美術館は外見は全くのヨーロッパの美術館であり、美術館建築のバリエーションの範囲内で、所蔵作品の多様性を示そうとしている。
★国立劇場 (設計:オンニ・タルヤンネ、1901〜1902頃)
外観のみ見た。
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(解説)この建物に関しては、一部の旅行ガイドに僅かに載っているくらいしか資料が見つからなかった。加工技術上の問題から、後にできる国立博物館のような固い花崗岩を使っていないとの事。「お城のような外観」。
(コメント)遠くから見ると、いささか妙な建物にも見えたが、それは周囲との関係もあったろう。近くから見ると、奇妙ではなくそれなりに見える。使用した石材が柔らかいせいか、細かい彫刻や陰影をつけまくってある。細かいデコレーションに満ちており、どんな当時のリバイバル様式とも異なる新しい「様式」を打ち立てようとした様子が窺える。ただ、
国立博物館
と比べると、国立博物館の方がその新しさが「確立されてきた」という感じで、こちらは「雰囲気これでいきます」みたいな感じを受けた。このあたりは表現が難しいが、国立劇場の方がどこか従来的なリバイバル様式の印象を多く残している気がする。あとで思い出すと、何となくバロックなのである。
*スーパー(S-Market)で買物
□夕食&ワイン:ホテルの部屋にて
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