ヘルシンキ建築日誌 2月22日(火) →HOME



□朝食:ホテル

⇒トラム3Tでぐるっと回って市内見物


★エイラ地区 (住区都市計画を見る)
写真をクリックすると拡大写真が出ます。

(解説)1895〜1915年あたりにかけてフィンランドではユーゲント期と呼ばれているが、この時期にカミロ・ジッテの広場論などを背景に、グリッド的でない不整形な場所に安らぎを求める住戸計画が幾つか作られた。その中でも特に充実しているのが、このエイラ地区。

     

     

     

     

     

(コメント)道が直線的でなく、すぐに方向を変えたりするので、ど〜んと直線道路が通るよりも一種の親近感というか、「手にあった」intimate な感じがする。これは、エイラ地区の東隣の街区が全くの直線だから、比較しやすい。そして建っているのは建築工匠の面白建築である。但し カタヤノッカ地区の建築工匠の住宅群 と違って一軒家が多いようだ。アパートもあるにはある。地区の北東にある街路に、高いモニュメントがある。あれは恐らくランドマークである。道が曲がっているから方向感覚を失った人のために、どこからでも見えやすい目印を建てているのだと思う。

   
ランドマークとエイラ地区外の直線道路

 
エイラ地区の地図



⇒トラム3T,3B

*地下鉄ハカニエミ駅周辺から景色を撮影する。

ハカニエミ駅のある広場は、交通機関・道路のジャングルの中の「浮島」に見えた。
回りを囲われた場所ではなく、視線が外に出てしまう。広場とはいっても、
物売りが露店を広げる場所とか、地下鉄駅のある場所とか、空いた場所、という感じがする。

□昼食:ヘスバーガー(マクドナルド以外の、市街中心部で見た唯一のバーガー屋)


★ハカニエミの北にある印象的な教会を見る(Kirkko soikoon教会)

     



外見的に、塔が大きくて特異である。但し教会堂の天井は低かった。塔は塔、お堂はお堂で別ものといった感じ。



⇒トラム3B


☆オリンピック競技場 (1934-40、ユルヨ・リンデグレン)
スタディアム・タワーは月〜金9〜20:00、土日〜18:00、無休、トラム4,7,10番で約10分。
ここへ来て、スポーツ博物館に入ったし、塔にも登った。しばらく時間を使った。


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(解説)ヘルシンキ在住の建築関係者に一番人気の「もっとも美しい」モダニズム建築。戦前に競技場が造られたが使われずに大戦が始まり、戦後復興の象徴として開かれたオリンピックで拡張して使われた。

     

     

     

     

(コメント)建物は、ちょっと角が丸いという感じの古めかしいモダニズム建築。レトロなイメージ。そういう意味では、中央駅の西にある商店建築 ラシ・パラッツィ と類縁性を感じる。確かリシッキーだったかマルト・シュタムだったかのドローイングでこんな感じがなかったか。伊藤大介は 建築巡礼(伊藤大介『アールトとフィンランド 建築巡礼18』丸善 P.14-16) で、北欧では白くて機能的な建築が同時にロマンを孕むと書いた。確かに、雪をかぶったこういうモダニズム建築というのは引き締まった美しさがある。機能主義が単なる機能主義でなく、別の独特の意味を持っているような気がしてくる。

 この建物はとにかく塔で見せている。それだけという訳ではないんだけど、とにかく塔がこの建物の目玉である。この高く伸びようとする塔は、オリンピック精神というか、スポーツマンの理想を追う姿を示そうとしているのだろう。いまのスポーツ選手はドーピングで汚れて記録の亡者となり、とてもこんな高邁な塔の姿は似つかわしくない。この塔とか塔の脇にある横連子窓の棟を見ていると、いい時代だったんだなという気がしてくる。涙が出そうなくらい純粋な思いをたたえているように見える。う〜ん、モダニズム建築がこんなにロマンティックに見えるのは雪国だからだろうか。それはよく分からないが、こういう純粋さに訴えるところも、この建物に人気がでる理由の1つだと思う。端正に見えるのは確かだ。

 塔に登ると中のトラックなどが見えるが、出来れば観覧席に直接行って見たかった。そこは立ち入り不可。



(アールトの厚生年金協会(カンサンエラケライトス) が近くにあったが、
今回の旅では訪れなかった。同様に、文化の家もちょっと足を伸ばせば行けたが、今回は見送った。)

⇒トラム4番


☆アールト自邸兼アトリエ (アールト、1936)、Riihitie 20
火〜日14:00〜18:00、月休、入館15ユーロ(高い!)、
ガイドツァーしかない。 14:00, 15:00, 16:00, 17:00
ヘルシンキ市街からの4番トラムが近くの川を超えたら、1つめ或は2つめの停留所で降りる。
*近くにはアールトのアトリエもあるが、これは現在クローズしている(アールト財団HPより)。
見学は15:00からの部に参加した。


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写真は下に続きます。

(解説)これはアールトの住居兼オフィスとして建てられたもの。彼がヘルシンキ地区に初めて立てた建築であり、施主へのプロモートを兼ねた一種のビジネス戦略的な建物でもあった。但し後に設計室は手狭になり、更にアトリエを近くに建てた。構成のプリンシプルとしては、まず施主と話をする設計室つまりパブリック部分と、プライベート部分をしっかり分けている。それは外観にも現れていて、白いスタッコ加工されたレンガ部分が主にパブリックで、黒い垂直の板張り部分が主にプライベートである。

 もう1つの構成の特徴は、道路側がクローズで庭側がオープンなこと。道路側には窓も無く、出入り口はそっけないくらい目立たない。一方、庭側にはリビングルームの開口が大きく開いているし、2階のテラスも庭側を向いている。アールトはリビングルームの内部空間が、外部空間と連続するようにしたいと考えた。大きな開口を取った上に、窓側に鉢植えを置いて外部の植物と連続的なイメージにしている。またリビングルーム(プライベート)と設計室(パブリック)の間仕切りとしてすべり戸が設けてあり、簡単に繋いだり切断できるようにしているが、これは日本のふすまから取ったアイデアだと言われている。

 あらゆる家具はアールト自身か、あるいは妻によるものである(ちなみに1人めの妻が死亡したので、アールトは25歳も年下の女性と再婚した。両方の女性とも家具などのデザインができる)。但しダイニングルームの椅子だけはイタリアの伝統的・手工芸的なものである。外構的には、松の木が茂る南西向きの斜面に建ち、道路側から設計室の回りを庭に向かって樹木が回っている。家全体の構造は頑丈な壁とコンクリートを詰めた丸いスチール製の柱からなる。 設計にあたっては機能主義から離れて、様ざまな手法・特徴がある。例えば設計室の暖炉の上には2階部分へ通じる木製の階段が付いている。これはフィンランドの民家で暖炉の上を寝台などで利用する習慣があるのと類縁性がある。アールトのロマンティック・モダニズム様式の作品と呼ばれている。


     

     

     

     

(コメント)3時からのガイドツァーに参加して解説を受けたが、その主な内容は上の解説に含めておいた。訪れる前から、この邸宅はディテールに見ごたえがあると聞いていた。実際に見ると、例えばドア枠に木ねじが締めてあるのが丸見えだとか、特別に大工に言って作らせた出入り口とか、随所に「手作り的な設計」が感じられた。どの部屋も何か工夫というかその部屋なりのしつらえがあって部屋の個性や趣を作っている。例えば寝室の端に黒い丸い金属柱が立っているとか特別のテーブル台があるとか。また、家全体の圧巻は何といっても居間であった。家具と共に何ともラグジュアリー、ゴージャス(金ピカという意味ではなくデザインの豊かさによる贅沢な感じ)。こういう居間空間の豊かさというのがアールトの作る邸宅の大きな特徴である事を、直に確かめることができた。但し居間と仕事場を繋ぐすべり戸は壁より薄いので、物音・話し声が筒抜けではないかと思えた。

 この建物はコルビュジェのサヴォア邸(1931)より後に建っている。コルビュジェの美意識を当然ながらアールトは知っていたし、パイミオのサナトリウム(1933)など白い機能的な建物も既に設計していた。しかしこの自邸を見る限り、人が住む家は白い箱にしないで、手で触り感じられる<モノ>の感触にこだわったように見える。マイレア邸(1939)も写真で見る限りモノの感触に非常にこだわっている。後にフィンランドではブリュッグマンのトゥルク公共墓地礼拝堂(復活の礼拝堂)(1941) (伊藤大介『アールトとフィンランド 建築巡礼18』丸善 P.74-76) が、白い機能主義から独特の美的境地を生み出したとして脚光を浴びたが、この境地をアールトはとうとう作らなかった。恐らくは建築家としての資質が違ったのだと言われている。

 ではアールトの資質って何だ?、というとこれは私も勉強しないといけないが、今現在の感触だけ記しておく。居間のゴージャスさを作る配慮というのは、同じフィンランドのゲセリウス・リンドグレン・サーリネン事務所が作る民家風の家の家具空間とも関係し合っているだろう。しかしサーリネンについては、私はこのコメント集の中では公共建築の空間が充分に作れていないのではないかと批判した。その点、アールトは機能主義を吸収した事とも関係して、居間空間のモノやシーケンスの感性から、もっと一段抽象化した形(空間)へのこだわり方を発展させたのではなかろうか。

 フィンランディア・タロでは形の吟味が凄いと感じられた。これを見ていると、アールトの空間性というのは、コルビュジェが抽象的・観念的に空間を捉えているのと比べると、もっと即物的で<モノ>の感触と関係し合っている気がした。 本コメント集のフィンランディア・タロの項 で「恐らくアールトにとってはランプシェードを考える時も、このフィンランディア・タロの地階、1階といった層の関係を検討している時も、形をみる目は基本的に同じだったに違いない。」と書いた。これが私の得た直感である。

 公共施設の室内にはシーケンスの気配りが感じられ、空間が「ここかしこ」に分節されていると感じたが、言い換えれば、そこに身を置いたときに全体を支配する直行座標系がなくなるのであった。それも、大元をたどれば居間の空間的な感触とか肌触りと関係あるかもしれない。アールトの使う「曲線」には色々あるが、直行座標系の消去とかシーケンスと関係し合っているのではないか。家具、居間のゴージャスさ、モノの質感、照明ペンダントの形、フィンランディア・タロの形、公共室内空間の分節、‥‥こういったものをつなぐ見方が何かできる筈なのである。



⇒トラム4番

(中央駅周辺)


☆◆デザイン・フォーラム 月〜金10〜18:00、土11〜16:00、日曜休
写真をクリックすると拡大写真が出ます。

(解説)商業施設となっているが上階はオフィスである。

     

     

(コメント)外壁を改装中だったようだ。ガイドブックを見るとデザインに優れたお店が沢山入っているように書かれているが、そういう雰囲気はあまり感じなかったので、お店はちゃんと見ていない。

 色ガラスとメタルフレームの、ありがちな現代的空間である。吹抜けが商業建築で1つの流行となっているので、 クイーンズスクエア横浜 の場合(吹き抜け)と比べてみよう。するとデザイン・フォーラムは金属の無機的な感じが強いことが分かる。 クイーンズスクエアも構造体は金属だが内装で柔らかさを出している。これはやはり根っからの商業施設と デザイン・フォーラムのような半オフィスの違いが大きい。しかしそれだけではなかろう。無機的・金属的な作りを強調している。

ヌードエレベーターが上下する様はヌーヴェルのアラブ世界研究所以来どこにでもある。しかし、この建物の大きな特徴は厳格なスタッフ出入り管理である。ヌードエレベーターに乗れるのはビルのオフィスのスタッフだけなのだ。1人ずつしか入れない厳格なアイデンティティチェックがあって、それを通らないとエレベーターの乗り場に到達しない。巨大な吹抜け空間は一見何もかも透過的であるかの如くに見せている。しかしそこで目にすることの出来る上の階は全て立ち入り禁止である。1Fと2Fの一部だけが開放されている。

 ここからは地下も大々的に覗くことが出来るのだが、地下のレストランだかインフォメーションセンターだか、椅子が並んでいる面白そうな場所もスタッフオンリー、立ち入り禁止区域である。これって何かおかしいと感じてしまう。ヌードエレベーターも吹抜けもガラス素材も、すべて透過的というメタファーである。上階のオフィスが見通せるというのは、オフィス階とも何か親近感を持ってもらいたいが為である。こういう商業建築(??)は、そうやって全体が親近感でもって意識できることを狙っている筈である。そうやっておいて絶対的な壁で隔てているのは何か妙に思えてしまうのだった。



*スーパー(ソコス・デパートの地下のS-Market)で買物

□夕食&ワイン:ホテルの部屋にて






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